利用者:Jon alesi
出典: F1大学
初めまして。Jon alesiです。 東京都在住です。 ジャンアレジのファンでしたが今はフリー。 ハンドルネームの由来はBBCとかの人はジョンと発音する為(笑)
インタビュー
- F1をみはじめたキッカケは?
- 87年のフジ放送開始時に世界3大レースの一つのモナコGPを見ようと思ったところから。フル観戦は89年から。強烈なセナプロ世代です。ちなみにルマンは85年。インディは90年に初めて見ました。ここ数年は毎年日本GPに足を運んでいます。
- 地上波? CS? or...
- CS。今宮節が好きです。川井ちゃんの戦略解説も外せません。
- F1の情報の入手先は?
- ネット、”グランプリ特集”誌
- 特にパドックで注目している人は誰?
- ロスブラウン(バナナ)
- スパ?orモナコ?
- スパ!
- 犬派? 猫派?
- 動物は苦手
- よく聴く音楽は?
- 流行り物、今は中嶋美嘉
- Mac? Windows? or...
- WindowsXP
- もしあなたがチームオーナーだとして、スポンサーになってほしい企業はどこ?
- JTBとかどうでしょう?
- あなたの基本スペックを100字くらいでおしえてください
- 1974年シーズンから投入されたブランニュー(長男)マシン。毎年改良が加えられ(?)現在まで使用され続けている。エントリー体制は一台(独身)のみ。参戦(仕事)は技術系でカレンダーどおり(土日休み)。
- はまったF1ゲームは?
- 年代順に、「F1トリプルバトル(PCエンジン)」→「ヒューマングランプリ(SFC)」→「ワールドサーキット(DOSV)」→「グランプリマネージャ(Win)」→「F1’97(PS)」→「F1’99(PS)」→「F1’2002(PS2)」→「F1’2004(PS2)」→「F1’06(PSP)」
- あなたのベストGP or 記憶に残るGPトップテンは?
- Jonは基本、アレジにF1を教わりました(苦笑)
- 1.1990年アメリカGP。
- アレジ及びF1に完全にはまった瞬間だった。「まるで2年前、3年前のセナを見てるようですね」by今宮さん
- 2.1994年イタリアGP
- アレジの初優勝よりも脳に深く刻み付けられている。やり直しスタートから1回目のピットストップまで、同僚ベルガーが抑えてくれていたこともあり、ウィリアムズデュオを引き離し独走。シューマッハーはペナルティが課せられ出走していなかった。そんな中、ピットストップ直後の発進時に悲劇が・・・ギアがつながらない。結局そのままグローブを投げ捨ててサーキットを去っていったアレジであった。
- 3.1995年カナダGP
- アレジ初優勝レース!!!当時大学生だった私は録画していた為、本放送後も3回見直し、その日の授業は自己休校へ(苦笑)
- 4.1994年日本GP
- 初めて観戦にいったレース(その後FNなども行くようになる・・・)。土砂降りの雨で、アレジとマンセルおじさんのバトルがなければ最悪のレースでした。
- 5.1989年日本GP
- 初のゴールデンタイム20時からの録画中継(でしたよね^^)。セナプロバトル完全勃発の瞬間。
- 6.1990年日本GP
- 1コーナーでセナプロクラッシュ。僕はセナプロバトルはあそこで一応の終息と感じている。フェラーリ641/2はカッコよかったー。自分のベストマシンです。
- 7.1992年モナコGP
- 開幕5連勝で迎えたマンセルが終盤まで独走。しかしタイヤの空気圧低下を感じピットへ。コースに戻ると前にはセナが・・・。そこからは自分の見たレース中で最も興奮したセナとマンセルのバトルが繰り広げられる。「ここはモナコモンテカルロ絶対に抜けない!!」by三宅アナ
- 8.1994年サンマリノGP
- もはや語る必要のないセナの亡くなったレース。セナは死後に偉大さを知り、好きになりました。
- 9.1998年日本GP
- ハッキネン初戴冠。シーズン当初は独走かと思われたこの年のマクラーレンだったが、意外にフェラーリのシューマッハーも食い下がり、最終戦までもつれ込んだが、最後はシューマッハーのタイヤバーストでチャンピオンに。ハッキネン・シューマッハー時代も良い時代でした。
- 10.2001年日本GP
- アレジ引退レース。レース前の東京でのブリジストンのイベントで引退を突然表明。(親友のシューマッハーも驚いたらしい)。新鋭のザウバーのライコネンが前でスピンし避けきれずリタイヤ。双方に怪我一つなかったのが良かった。実はこの引退が佐藤琢磨の登場のせいでもあったりするので、私はあまり佐藤が好きではなかったりして^^・・・・
- グッときたF1マシンの技術は?
- あえて一つ挙げるなら、「アクティブサスペンション」。ウィリアムズFW14Bのオンボード車載で映されていたサスペンションの動きは、まるで生き物のように有機的な動きでインパクト大でした。

